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三半規管をひっつかんで振り回して。

というわけで、今日は2リハでした。
とはいえ、ワタクシは明日の演奏なので、聞くだけ。
だからこそ、昨日の飲み会のようなマネもできたわけですがw
しかし、酔って寝てしまう癖はどうにかならないものか。
せっかくの面白いトークに参加出来ないことが悔しくてならん。

で、リハーサル。
嘘みたいな本当の話。
ある演奏者の音を聴いてしばらく経つと、吐き気に襲われたのです。
それこそ、三半規管をひっつかんで振り回してやったような感じ。
どうにか耐え切れたけど、もう少しで席立つところだった…。

で、その理由を考えてみた。
まず耳から入ってきた音は側頭葉の一次聴覚野で処理される。
で、その音に対する意思決定が前頭連合野で行なわれるわけだ。
その意思決定の結果として、気持ち悪い反応を示す脳内物質が生成された。
つまり、前頭連合野で下された「快」or「不快」の判定結果、
その音はなぜか「不快」と認定されてしまったわけだ。
しかし、ここで単純にその音を「不快」の一言で表現するのも不自然である。
なぜなら、「不快」には程度があると考えた方が自然であり、
「快」・「不快」という2値分類問題に落としこむのは不適切だと考えたためである。

もちろん、他の演奏者だってワタシが「不快」と感じる音を出していたものもあっただろう。
つまりワタシが気持ち悪くなった音は、「不快」と感じるthresholdを超えてしまったものだったわけだ。
しかし、その理由に関しては本当に不明である。
だって、気持ち悪くなった人間なんか周りを見渡しても一人もいなそうだったし。
てことは、このthresholdは後天的に決められるものであるってことだ。

ここから思ったこと。
一つ一つの音には、「快」と感じる要素も「不快」と感じる要素も恐らく含まれている。
ただし、その音の構成に寄与する成分が大きいものだけがヒトには知覚されてその音の評価となるのだ。
その寄与率は前述の通り、人によって異なる。
ただ、この感じ方が正規分布に従うと仮定すると、聴衆者が多ければ多いほど、大体似たような評価になってくる。
その結果、その曲の向かう方向性は決まってくるわけだ。

じつはそれってもったいないことだと思う。
みんなが「不快」と感じる音の中にも、「快」と感じる要素という宝が眠っているかもしれない。
それを考慮せず、単純に「不快」という定義を与えるのは、変だと思ったのだ。
ま、とはいえ、ヒトは自分の知覚できる範囲でしか世界を構成出来ないから、しょうがない面もあるかもしれないが。
一音一音の可能性をもっと見定めたいなと思う。
outlierだって、宝の可能性があるんだ。


…とりあえず、今日のは本当に気持ち悪かったwお酒のせいではなく。


閑話休題。
ワタクシの最近の自信のなさは、どうかと思う。
人に対して、自信を持って言えることが最近少なくなってきた気がするのだ。
時間や期日など、絶対的なものを寄る辺とした場合には言えるのだが。
それはたぶん、ワタクシが自己主張した場合、論破されるのを恐れているからだと思う。

基本的に、傷つくのを本当に恐れているのだ。おそらく。
駄目だな、こんなんじゃ。
そろそろ荒療治が必要かもしれん。

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samurai0517

Author:samurai0517
都内の某理系単科大学で情報学を学んでます。ピアノも少々たしなんでたり。このブログでは「適当」をモットーにしていきたいと思っとります。

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